右足が変・・・?

2010.08.16 22:22|病気
残暑お見舞い
残暑が厳しい毎日、みなさんいかがお過ごしでしょうか。

昨日は、終戦記念日。
TVで終戦記念日特集の番組があちこちでありましたね。

子供の頃から、戦争ものの番組や小説や映画が好きで・・・
「好き」という言葉は、語弊があるかもしれませんが。
興味があったというか、気になったというか。

父も戦争当時は、ほとんど記憶に無いほどの幼児で
私達は、いわゆる戦争を知らない世代です。
当時の様子をTVや本や映画から得るしかなかったのですが
いつ見ても心が痛くなります。

自分の子供達が大きくなるにつれて、ますます心が痛くなります。
息子は22歳、65年前だったら出征していたと思うと辛い(泣
いや・・・泣かないで喜ばなきゃいけなかったあの時代。
親も子も、どんな想いで居たのだろうと想像するだけで
なんとも言えない気持ちで一杯です。

自分の気持ちも意思も「無」にしたあの頃。
数え切れないほど多くの若い命が失われたあの頃から65年。
ある終戦記念のTVドラマでのセリフに
「今の日本人は豊かと便利を穿き違えてる」
「我々の時代は、生活は豊かじゃないし便利ではなかったけど
 心は豊かだった」・・・と。

「豊か」と「便利」確かに違うのに
「便利」な世の中に慣れてしまったこと。
そして自分さえ良ければいいという貧しい心を持った人が多いこと。
情けなく、哀しく思う今日この頃・・・

終戦記念日を迎える少し前に、20歳代の男性が脳死をして
臓器提供の意思表示を書面でしていなかったけど
家族が臓器提供の意思を聞いていたということで
いくつかの臓器が、患者さんに移植されたというニュースを
連日の様にマスコミが流す・・・

家族も断腸の想いで決意をしたのに・・・
そして、その臓器を何年も待ってる患者さんが
数えられないほど居るのに・・・
助かるはずの命が絶えていってしまっているのに・・・
もう、いいじゃない・・・そんなにワーワー報道しなくても。
賛否両論あるのは当然だけど
もう、そっとしておいてあげて欲しいなと怒りを感じてしまった。

まさしく心の「豊かさ」の欠如じゃないかな~と・・・

という事で、私もいつ臓器提供者になってもいいように
もう無駄かもしれないけど、メンテナンスしなきゃな~と思い
近々、意を決して外科に行ってこようかと思ってます^^;

いつの頃から、右足の膝と大腿骨の付け根がおかしい。
時々、大腿骨の付け根から力が抜けてガクッと座り込んでしまう。
立ち上がれない、サッサと動けない状態・・・

私の叔父さんが右足を太ももから切断するほどの病気になり
それが原因で亡くなってしまった・・・
とふと、自分の症状と重ねてしまって^^;

いぇ、それほど深刻には考えていないけど
病気の説明を、また一からしなきゃいけないのが億劫だな~
とそんな事を考えてる、のん気な私でした。

Comment

>村雨師匠へ

お気遣いをありがとうございます。
市内の某総合病院は、どーも評判が宜しくないので
新しい所へ行ってきましたよ。

人間魚雷のドラマもやってましたねぇ。
自分に行かせてくれと懇願するシーンに
胸が痛い想いでしたが、現実にあった話なんですよね。
今の時代からは想像が出来ないですが・・・

今の時代を生きる若者たちは、もっとあの時代の人達から
もっともっと学ぶ必要がありますね。

我慢が足らない、人の気持ちが考えられない・・・
それも、やっぱり根本は子育てなんでしょうけど。
我々にも言える事ですよね、心の豊かさを学ばなければ・・・

節目

今年は終戦から65年という節目だからか、終戦記念日前後には
いつもの年より多く特集番組があったように思いました。
人間魚雷・回天(であってるかな?)や、
特攻隊・・・19歳、20歳、そんな若者が自らの命とともに突撃する戦法。
その中で生き残った人の談話を報じてました。
出撃命令が下った時にエンジン故障で命拾いした・・・とか、
そんな話を聞いてると、胸が詰まります。

足、お大事にしてくださいね!

>あいちゃんへ

あの番組は、ぜひ最初から見て欲しい番組です。

私も最後の長渕のシーンとセリフが
頭にこびりついてます。

あのシーンがあの話の全てを物語ってるかな?

サイパンからきた列車という小説が原作のようです。

>天邪鬼な紋狗悠之輔さんへ

おはようございます♪

平和な朝に感謝ですね、暑いけど^^;

あの時代の日本は、誰もが貧しく大変だったんでしょうね。
もっと、私達はあの時代の事を知り
今に感謝しながら生きなきゃダメですよね。

カルメンマキさんの歌、聴きました。
時には母のない子のようには、よく歌ってた思い出深い曲です。
戦争は知らないは、初めて聴きました。
なんとも…切ない歌ですね。
また画像がなんとも言えず(ノ_・。)
胸に染みました。

長渕の・・・

途中からしか見てませんが 長渕の

あの最後の方のシーンは TVに釘付けになりました。






お邪魔します。

お早よう♪茣蓙居ます。
あたくし奴は敗戦を疎開先の岐阜県中津川で迎えたんだそうです。
2歳3カ月の事です。記憶にはありません。
その後、父親の仕事の関係で三河の國・挙母町(後に市となり、豊田
市に改名)移り住みました。
母は衣類を売り食費の足しにしました。
貧しい昭和20年代でした。

きょうはこの2曲聴いてください。

http://www.youtube.com/watch?v=xbJDRwQq3BM

http://www.youtube.com/watch?v=6C1YIEJYtu4

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しぃ

Author:しぃ
筋力がどんどん失われていく。
そんな体でも好きな事は
失いたくない...
ホントは弱虫の寂しがり屋さん。
なのに平静を装うのがお得意な
頑張り屋さん。
今日を後悔しない様に生きていたい。

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